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神社仏閣めぐり初心者が始めた「なるほど」参拝紀行

【奈良・唐招提寺】鑑真さん 何があなたを そうさせた?|60歳からの御朱印めぐり〔096/541〕

唐招提寺_金堂

唐招提寺(とうしょうだいじ)は唐からの渡来僧・鑑真(がんじん)ゆかりの寺院。国宝・重文指定の文化財を多数有し、世界文化遺産の一つでもあります。

この記事の内容

薬師寺のすぐ近く

薬師寺玄奘三蔵院伽藍を出て、唐招提寺へ向かいました。

玄奘三蔵院伽藍から唐招提寺へのルート

唐招提寺route

徒歩約8分。薬師寺の興楽門からだと約9分です。

▼南大門

唐招提寺_南大門

唐招提寺_金堂

奈良の世界遺産社寺を制覇

参道脇に世界遺産の石碑がありました。

唐招提寺_世界遺産石碑

唐招提寺世界文化遺産古都奈良の文化財」の一つです。

これで奈良の世界遺産7寺社は全部回ったことになりました~ ^^

・2023年5月:東大寺法隆寺春日大社
・2024年11月:元興寺興福寺薬師寺唐招提寺

鑑真のこと

唐招提寺を創建

鑑真は中国・唐出身の帰化

日本に初めて正式に戒律を伝え、759年に唐招提寺を創建

戒律の根本道場とし、日本律宗の開祖となりました。唐招提寺は日本律宗の総本山です。
※戒律:僧侶が守るべき規律 ※律宗:戒律の研究に基礎を置く宗派

鑑真はなぜ日本に来たのか?

8世紀前半の日本では、僧尼令に違反する僧尼や、課役免除のために官の承認を経ず私的に出家して私度僧となる者などもいて、社会の乱れにつながっていました。

正式な僧侶になるには戒を受ける必要がありますが(受戒)、当時の日本には授戒の制度は確立されておらず、授戒資格のある僧も不足していました。

そこで、朝廷は「授戒の大師」鑑真を日本に招請しました。

6度目の渡航で来日を果たす

しかし、当時の航海は命懸けであり、唐から出国することは国禁を犯すことでした。

師である鑑真の渡日を望まない弟子などの妨害や難破で日本への渡航はことごとく失敗。この旅で亡くなった者36人、鑑真のもとを去った者は200余人に及んだといいます。

鑑真自身も5回目の渡航海南島まで流され、その帰途に両眼を失明するという苦難に見舞われました。

それでも志は変わらず、ついに6回目の渡航で日本上陸に成功

このとき鑑真はすでに66歳になっていました。

授戒の制度を整える

鑑真は翌754年入京。招請を受けてから12年!の歳月を要しました。

朝廷や僧侶たちの鑑真に対する信望と帰依は厚く、鑑真は授戒伝律の権限を委ねられました。

鑑真は東大寺大仏殿前に臨設の戒壇を築き、聖武上皇光明皇后、僧侶ら400余人に授戒。日本に初めて正式な僧侶が誕生しました。

その後、大仏殿西方に常設の戒壇院を設立するなど、授戒の制度を整えていきました。

東大寺戒壇堂の記事はこちらをご参照ください。↓

pirooh.hatenablog.com

晩年を唐招提寺で過ごす

鑑真は仏教界を統べる僧綱(そうごう)の重職をつとめ、退任後、大和上(だいわじょう)の称号が与えられました。

唐招提寺にて戒律の教導に専念し、入滅。76年の生涯を日本で閉じました。

奈良時代の建築・仏像が残る

寺院の歴史を読むと、火災などで創建時の建物などが失われるケースが多くあり、残念に思うことしばしばですが、唐招提寺は比較的焼失が少なかったようで、奈良時代の建築物や仏像がよく残っています。

●金堂(奈良時代・国宝)

唐招提寺_金堂

唐招提寺_金堂

奈良時代の様式(8世紀後半建立)を伝える金堂としては唯一の現存例とされ、国宝に指定されています。

ご本尊の盧舎那仏像ほか、千手観音像や薬師如来像など、金堂に安置されている仏像9体はすべて国宝です。

●講堂(奈良時代・国宝)

唐招提寺_講堂

平城宮の東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)を移築・改造したもの。

天平時代、平城宮の面影をとどめる唯一の建築物としてきわめて貴重とのこと。

●鼓楼(鎌倉時代・国宝)

唐招提寺_鼓楼

右手前が鼓楼(左奥は講堂)

鑑真和上が持ってきた仏舎利(お釈迦さまの遺骨)を奉安しているため「舎利殿」とも呼ばれています。

仏舎利は「如来舎利三千粒(にょらいしゃりさんぜんりゅう)」。(3000もの遺骨!?)

仏舎利を収める宝物もすべて国宝。

●礼堂(鎌倉時代・重文)

唐招提寺_礼堂

南北に長い建物の手前が礼堂(らいどう)。礼堂は隣に立つ鼓楼に安置された仏舎利を礼拝するためのお堂です。

南北の中間あたりに「馬道(めどう)」という通路が設けられています。

唐招提寺_馬道

馬道 (通り抜けました!)

●経蔵・宝蔵(ともに奈良時代・国宝)

経蔵と宝蔵は、正倉院宝庫とともに奈良時代に建てられた校倉(あぜくら)の代表的な遺構です。

唐招提寺_経蔵_宝蔵

右手前:経蔵 左奥:宝蔵

唐招提寺_経蔵

経蔵

経蔵は唐招提寺で最も古い建物。日本最古の校倉とのこと。

正倉院正倉は遠目からの観覧でしたが、こちらは近くから見られ、いいかも。

唐招提寺_宝蔵

宝蔵

戒壇(石段のみ鎌倉時代

唐招提寺_戒壇

これが噂の戒壇。石なんですね。板敷きかと思っていましたが。土で作るのもあるようです。

創建時に築かれたとされていますが、現在のものは鎌倉時代の再興。

3段の石壇のみが残り、その上の宝塔は後年築かれたもの。

●開山堂

唐招提寺_開山堂

開山堂には、年間数日しか開扉されない御影堂に安置される国宝・鑑真和上像に代わって製作された「御身代わり像」が安置されています。

●鑑真和上御廟

唐招提寺_鑑真和上御廟

唐招提寺_鑑真和上御廟

唐招提寺_鑑真和上御廟

苔がきれい

唐招提寺_鑑真和上御廟

鑑真和上の墓所です。合掌

これにて、参拝終了です。

唐招提寺_境内

御朱印

盧舎那佛

御朱印帳に書いていただきました。

唐招提寺_御朱印

鑑真大和上

こちらは書き置き御朱印でした。

唐招提寺_御朱印

 

唐招提寺の基本情報

律宗 総本山
山号:なし
・御本尊:盧舎那佛
・創建:759年
・開山:鑑真
文化財(建造物):国宝、重要文化財世界文化遺産
奈良県奈良市

2024(令和6)年11月13日参拝(62歳9か月)