
奈良の世界遺産・薬師寺には三重塔が2つあり、大きな特徴となっています。それぞれ趣が異なり、2度楽しむことができます。
この記事の内容
11月13日。
この日はまず、薬師寺へ向かいました。
・近鉄奈良駅ー大和西大寺駅→西ノ京駅(乗換時間を含め13分)
・西ノ京駅→興楽門(徒歩約2分)
▼興楽門

現役の鎮守社
興楽門から境内(白鳳伽藍)へ入り拝観受付。
南へ歩いてそのまま南門を抜け、休ヶ岡(やすみがおか)八幡宮へ向かいました。
▼休ヶ岡八幡宮

明治の神仏分離後も独立せず、現在も薬師寺の鎮守社なのだそうです。(こういうケースがあると初めて知った)
御朱印をもらえると思っていたのですが、宮司さんがお休みとかで神社は開店休業状態。
前日の鹿苑に続き敗退・・・
白鳳伽藍
南門の手前に世界遺産の石碑がありました。

薬師寺は世界文化遺産「古都奈良の文化財」の構成資産の一つです。
▼南門(重要文化財)

南門から興楽門までを白鳳伽藍(はくほうがらん)といいます。
▼南門の先には

中門があり、左に西塔、西に東塔が見えます。
おー。
塔があるといかにも「寺!」という感じがして好きなのですが、1つのお寺で2つの塔が見られるのはなおうれしい。


▼中門の先、正面に金堂。

薬師寺は680年、天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈願して建立を発願した寺院です。
なので、薬師如来を祀り、薬師寺という名前を付けた、ということなんでしょうね。
創建後の歴史を簡単にまとめると、
・平城遷都にともない藤原京から平城京右京(現在地)に遷される(718年)
・その後、火災や地震などで堂塔を失い、特に16世紀前半(戦国時代)の兵火により東塔や東院堂を残し全山焼失。
⇒創建当初から現存するのは東塔のみとなる
・昭和から平成にかけて金堂、西塔、大講堂などが再建され、1998年には世界遺産に登録、現在に至る
となります。

各層に飾り屋根の裳階が付いています。
東西に塔が並び立つ
薬師寺式伽藍配置
金堂の手前左側(西側)に西塔(さいとう)があります。


屋根が6つありますが三層建て、三重塔です。
下から1・3・5番目の小さな屋根は飾り屋根の裳階。各層に裳階がつけられた塔は薬師寺のものだけとのことです。
緑の連子窓(れんじまど)がおしゃれ?

薬師寺は、日本で初めて東西に2つの塔を建てた寺院で、この伽藍配置を薬師寺式伽藍配置と呼びます。
平城京に残る最古の建造物



東塔は薬師寺の創建当初から唯一現存し、平城京に残る最古の建造物として国宝に指定されています。
西塔と同じく、各層に裳階を付けた三重塔です。
白壁のところには当初、西塔と同じく緑の連子窓があったのですが、修復の過程で白壁になったとのこと。緑色がない方が多分いい。

西塔が創建当初と同じ姿で再建され華やかなイメージがあるのに対して、東塔は「長年の風雨にさらされ落ち着いた」趣きとなっています。(「 」は薬師寺HPの表現)
このコントラストがきっといいんでしょうね。
東塔も創建当初は西塔のように朱塗りだったのでしょうか。
なので、東塔が「風雨にさらされ」ながら持ちこたえてくれたおかげで我々はこのコントラストを味わえて、かつ長い歴史を感じることができる。


▼大講堂

薬師寺最大のお堂。
▼東院堂

鎌倉時代の再建。国宝。
▼食堂

これで白鳳伽藍は一通り見終わり、興楽門を出て北側にある玄奘三蔵院(げんじょうさんぞういん)伽藍へ向かいました。
玄奘三蔵院伽藍
玄奘三蔵院伽藍には「西遊記」で知られる玄奘三蔵(三蔵法師)の頭部の遺骨(頂骨)が奉安されています。
※玄奘:7世紀の中国・唐の僧。インドで17年間仏教を学ぶ。経典などを持ち帰り、帰国後翻訳に取り組む。「般若心経」も玄奘の漢訳。旅行記「大唐西域記」を著し、小説「西遊記」のモデルとなった。
法相宗は玄奘がインドから中国に伝え、玄奘の弟子・慈恩大師が開いた宗派。玄奘は法相宗の始祖と仰がれています。
玄奘の頂骨は、1942(昭和17)年に中国・南京で日本軍が発見。
全日本仏教会に分骨された頂骨はさいたま市の慈恩寺に奉安され、1981(昭和56)年には薬師寺にも分骨されました。
玄奘三蔵院伽藍は1991(平成3)年の建立です。





御朱印「薬師如来」
御朱印帳に書いていただきました。

●薬師寺の基本情報
・法相宗 大本山/南都七大寺
・山号:なし
・御本尊:薬師三尊像
・創建:680年
・開基:天武天皇
・文化財(建造物):国宝、重要文化財/世界文化遺産
・奈良県奈良市
2024(令和6)年11月13日参拝(62歳9か月)