毛越寺(もうつうじ)は世界遺産・平泉の構成資産の一つです。かつての浄土庭園が復元され、境内には大泉が池を中心に美しい苑池が広がっています。
この記事の内容
平泉2日目
一関のホテルに荷物を預かってもらい、平泉へ向かいました。
今日はまず、毛越寺へ向かいます。
▼歩いたルート
平泉駅の出口を出て、そのまままっすぐ進みます。
▼昨日は昼過ぎまで雨が降ったりやんだりでしたが、この日は朝から快晴でした~♪
着きました。
かつては中尊寺を凌ぐ大寺院
「吾朝無双」の荘厳さ
毛越寺の開山は850年、中尊寺と同じく慈覚大師円仁(第三代天台座主)です。
1105年に奥州藤原氏二代・基衡(もとひら)公が再興し、大伽藍を造営しました。
40余の堂塔が建てられ、往時は中尊寺をしのぐ規模の大寺院だったとのことです。
また、金堂円隆寺の荘厳さは『吾妻鏡』において「吾朝無双」と評されていたとのことです。
※吾妻鏡:鎌倉幕府の歴史書
世界遺産に登録
奥州藤原氏滅亡後、13世紀と16世紀の火災により焼失し、長年、土壇と礎石を残すだけとなっていました。
江戸時代には仙台藩の保護を受け、明治時代後半から復興が進んだようです。
1954年には全面的な発掘調査により全容がほぼ解明され、2011年に世界文化遺産「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」の構成資産の一つとして登録されました。
本堂特別拝観
山門の少し先に本堂があります。
現在の本堂は1989年(平成元年)に平安様式に則って再建されたものとのことです。
訪れた日は本堂内の特別拝観を実施中でした(10月1日~20日)。
▼ご本尊は平安時代につくられた薬師如来。(撮影OKとのこと)
平安様式について詳しいことはわかりませんが、朱塗りときらびやかな感じがそれっぽい?
特別名勝の毛越寺庭園
現在地は上の図の池に架かる橋の手前、南大門跡あたりです。
かつては池の向こう側に2つの大伽藍(金堂円隆寺と嘉祥寺)があり、その前に浄土庭園が広がっていました。
発掘調査の結果、原形をよくとどめていることがわかり、平安末期の数少ない遺構の一つ、また、日本庭園史上にも貴重な遺構として旧観に復されているとのことです。
庭園をぐるっと一回りできるようになっています。左へ進みます。
大泉が池は海を、築山は海岸に迫る岩山を表現しているとのことです。
▼通り道のど真ん中に松の木
日本庭園には松の木が似合うとはいえ、ちょっと主張しすぎでは?
●開山堂
開山堂は慈覚大師をお祀りするお堂です。
▼堂内には慈覚大師像のほかに、奥州藤原三代の画像などが安置されています。
左上に見えるのが奥州藤原三代の画像。
上:初代・清衡公、右下:二代・基衡公、左下:三代・秀衡公。
▼南大門跡の反対側まで来ました。
●遣水
遣水(やりみず)は山の水を池に引き込むための水路。
谷から流れ下り、平地を蛇行しながらゆったり流れるさまを表現しているそうです。
毎年正月20日には重要無形民俗文化財の「延年の舞(えんねんのまい)」が奉納されるとのことです。
●洲浜
洲浜(すはま)は海岸の砂州を表現していて、入江を形作っています。
●出島石組と池中立石
荒磯(岩が多く、荒波が打ち寄せる海岸)を表現しているとのこと。
一回りし終え、最後に宝物館を拝観して参拝終了。
次の目的地へ向かいました。
御朱印
ご本尊「薬師如来」
直書きでいただきました。
四寺廻廊参拝御朱印
四寺廻廊(しじかいろう)とは、松島の瑞巌寺、山形の立石寺(山寺)、平泉の中尊寺と毛越寺の四つの聖地のことを言います。
9世紀に慈覚大師が開いたこの四つお寺から、みちのくに仏教思想が広がっていったとのことです。
▼御朱印帳
観音開きになっています。
中尊寺で御朱印帳とあわせていただき、毛越寺で2つ目をいただきました。
四つの御朱印を集めると、結願の印と住職の色紙がいただけます。
難関は山寺の1000段以上あるらしい石段のぼり。
御朱印は麓でももらえそうですが、山頂部の奥の院、五大堂まで行かないと悔いを残しそう・・・のぼれるかな???
●毛越寺の基本情報
・天台宗 別格本山
・山号:医王山(いおうざん)
・御本尊:薬師如来
・創建:850年
・開山:慈覚大師円仁
・文化財:世界文化遺産
・岩手県西磐井郡平泉町
2023(令和5)年10月18日(水)参拝(61歳7か月)