輪王寺の本堂・三仏堂に祀られている三体のご本尊は、日光三山の神様とそれぞれ結びついています。
この記事の内容
神橋を見下ろす
日光2日目は、輪王寺へ向かいました。
(下今市のホテル→東武日光線下今市駅(コインロッカーに荷物を預ける)→東武日光駅(徒歩))
神橋の交差点を渡り、世界遺産登録記念碑のある場所をさらに左へ。
小高くなったところにお堂がありました。
深沙王堂(じんじゃおうどう)は、深沙王(蛇王権現)を祀るお堂です。
深沙王は、勝道上人が大谷川(だいやがわ)に到達し、激流のため渡れずにいたところに現れ、2匹のヘビを放って橋をかけたのだという。→神橋の起源
輪王寺のお堂の一つですが、鳥居があります。
これも神仏習合の名残なのでしょう。
▼このあたりから神橋を見下ろすことができました!
▼「長さか瀧」の坂を上って、もう少し進むと、
▼勝道(しょうどう)上人像のところに着きます。
勝道上人は、男体山の登頂に初めて成功し、日光山を開いた人です。
日光山における信仰
三仏堂が見えてきました。
三体のご本尊を祀る三仏堂
三仏堂は、輪王寺の本堂です。
その名のとおり、ご本尊として三体の仏さまを祀っています。
山岳信仰 + 神道 + 仏教
日光の山々は古来より信仰の対象になっていたようです。
深沙王に助けられ大谷川を渡った勝道上人は、日光の山の神を遥拝する場所を設け、四本龍寺(輪王寺の起源)、本宮神社を建てました。
日光山は、始まりのときから山岳信仰、神道、仏教の3つが習合していたんですね。
日光三所権現とは?
日光山は、鎌倉時代には山岳修行の聖地として発展し、三山・三仏・三社を同一視する神仏習合が進みました。
これを「日光三所権現」といいます。
・男体山(二荒山)= 父神 = 大己貴命/二荒山神社 = 千手観音
・太郎山 = 子神 = 味耜高彦根命/本宮神社 = 馬頭観音
※滝尾神社・本宮神社は二荒山神社の別宮
神仏習合は日光山に限ったことではありませんが、三山・三仏・三社が習合しているのは他にはなかなかないような。
▼三仏堂の右奥では紅葉を楽しめます。
▼正面に戻ります。
三仏堂は内部を拝観できます。
三仏堂・大猷院・宝物殿のセット券を前日にネット購入していました。(大人1,000円)
東照宮と違って、拝観受付にはさほど人は並んでいなかったので、窓口で購入しても問題なさそうでした。(平日だからかもしれませんが)
高さが7.5mあり、かなり大きい仏像です。輪王寺のHPでは「大仏」と表記されています。
徳川家康公の坐像が初めて公開されていました(令和6年3月31日まで)。小さなものです。
▼内部拝観を終えて、裏側(北側)に出ました。
相輪橖は、比叡山の宝塔を模してつくられたもので、橖頂部の龍車に経典が収蔵されていたとのことです。
この後、三仏堂の向かい側(南側)にある宝物殿を鑑賞。
宝物殿では、約3万点ある輪王寺の寺宝のうち、約50点が常時展示されています。
かつて東照宮陽明門にあった風神・雷神の像が印象に残っています。
▼宝物殿には「逍遥園」という日本庭園が隣接しています。
さほど大きくはありませんが、池の周りを一回りできる池泉回遊式庭園です。
江戸初期の造園で、小堀遠州の作と伝えられています。
▼「逍遥園」を出て、三仏堂の外へ。
この後、大護摩堂へ向かいました。
御朱印「『徳川家康公』坐像初公開記念特別御朱印」
東照大権現の本地仏が薬師如来なので、右側は薬師如来を表す梵字の「ベイ/バイ」が印字されています(多分)。
●輪王寺の基本情報
・天台宗
・山号:日光山
・御本尊:阿弥陀如来、千手観音、馬頭観音
・創建:766年
・開山:勝道上人
・文化財(建造物):国宝、重要文化財/世界文化遺産
・栃木県日光市
2023(令和5)年11月9日(木)参拝(61歳8か月)